土屋はひどく落胆していた。

投資に適していると確信していたゲーム関連銘柄が、

検証結果の末、投資不適格の烙印を押されたからだ。



これまで、

"直感を研ぎ澄ますことで人が羨むほどの巨万の富を築いてきた"

という自負があった。

しかし、今回の一件でその直感は真っ向から否定された。

"投資の世界はビジネスの世界とは、異次元の世界だ。

ビジネスの世界の常識が通用しない。"

そんなことを実感しつつあった。





"土屋さん、このままでは相場の餌食になり、

根こそぎ資金を搾取されますよ・・・"




下山の発言が脳裏をよぎる。

STORY 05

【解禁】一流トレーダー下山の取引銘柄

INTRODUCTION

ここにきて土屋は、ようやく下山の発言に100%従うことが
最も賢い選択だということに気付き始めた。
自分で銘柄を探すのではなく、
下山が実際に取引している銘柄で取引するのが最も効率的だ、そう思い始めた。

そして、今まさに、秘匿性が極めて高く謎に包まれていた、
"下山の取引銘柄"がベールを脱ごうとしていた。

土屋がお気に入りのフェラーリで下山を家まで送り届けている道中、下山は自身が取引している銘柄を暴露しようとしていた。



さあ、教えてもらおか、しもちゃんはいっつもどの銘柄で取引してるんや?


分かりました、教えましょう。
自分が取引している銘柄は、"ブリヂストン"です。


いやいやいや、案外あっさり教えてくれるんやな。
これはええこと聞いたわ。
ブリヂストンやな。
しっかり覚えとくで。

あれやな、ブリヂストンで取引したらおれも、しもちゃんと同じ利益稼げるっちゅうことやな?


まあ無理でしょうね・・・(笑)


う〜わ、なんやねん。
しょうもな。
しもちゃん性格悪いわ。
株式投資は銘柄で決まるんとちゃうんかい!
銘柄さえ間違わんかったら勝てるんやろ??


土屋さん、何か勘違いしてません?
前にも言いましたけど、ブリヂストンの銘柄は世間一般的に言う"お宝銘柄"とかそういったものとは全然違いますよ。


ん?
どういうことや?


買ったら高騰するような銘柄じゃない、ってことです。
あくまで自分が使っている手法に適した銘柄だということです。


・・・おれがまだ、しもちゃんの手法知らんから、勝てへんってことが言いたいんか?


はい、その通りです。


なるほど。
それやったら今おれが銘柄を聞いた意味はなんやったんや?


知らないですよ(笑)
自分は聞かれたから答えただけです。
でも慌てなくても、これから手法を知れば
勝てるようになりますから安心して下さい。


おっしゃ分かった。
それやったら一刻も早く手法を知りたいわ。
しもちゃん、今から新宿のビルに戻ってもう1回講義の延長戦やってくれや。


はー!?
絶対イヤです。
もう今日はやめましょうよ。
疲労が半端ないです。


いやいや、おれかて疲れとるんや。
自分だけが疲れてます、みたいな顔して。
しもちゃんそういうところあるで。


いやいやいや、何ですかそれ・・・


いや、株でめっちゃ稼いでるんは認めるで。
実際めっちゃすごいと思うわ。
ただ、それでもやっぱりここ一番って時は頑張らなあかんわ。


・・・、ていうかもう勝手に車引き返してるじゃないですか。
マジで最悪だ。


嫌がりすぎやろ(笑)
そんなに拒絶されたらさすがのおれも傷つくわ!


土屋さん・・・。
1つ言って良いですか?


なんや?


全然そう見えないです。


何言ってねん(笑)
心は傷だらけやっちゅうねん!!


・・・



相変わらず、土屋は下山を振り回す。
言い出したら絶対に曲げない土屋の性格だけに、諦めて流れに任せるのが一番賢いということを下山は悟り始めた。

程なくして独特のエンジン音を鳴り響かせながら、下山を乗せたフェラーリは雑居ビルの前に到着した。



さっ、せんせー!
着きましたよ。
何をそんなにムスッとしとるんや。
楽しくやろうや楽しく!


自分はいつ帰れるのだろうか・・・。
いつゲームができるのだろう。


まあそんなに落ち込むなや。
おれも鬼ちゃうからな。そんなに時間は取らせへんで。


いや、引き返した時点で鬼ですからね。


そう言うなや(笑)


話を早く進めて、さっさと終わらせましょう。


しゃーない、頑張って早よ理解したろ!


なぜ上から目線なのか・・・。
というかこのくだり、前もあったような・・・


ボディガードが、雑居ビルの重い扉を開け、二人をビル内に案内する。



おう、ほんなら何から始めよ?


じゃあまずはブリヂストンが、本当に条件に合致するのか検証しましょうか。


おう、せっかくやしな。
あれや、Yahooファイナンスのページやったな?


そうですね、じゃあまず1つ目の条件は・・・


倒産しづらいかどうかやろ?


そうです、じゃあチェックしてみてください。


土屋が瞬時にPCを立ち上げ、そして目的のページまであっという間にたどり着いた。
やはりインターネットを使いこなして巨万の富を築いただけあり、ITリテラシーに関して人並み外れたスキルを身につけていた。



ブリヂストンの"企業情報"のとこ見るんやったな。


何て書いてます?


おお、タイヤで世界首位って書いてあるわ。
もうこの時点で間違いない感じやな。


はい、良いでしょう。
で、2つ目の条件が・・・


信用取引ができるかどうかやな。
"詳細情報"の下の方を見ると・・・おっ、信用取引できるわ。
ちゃんと"信用買残""信用売残"が書いたあるわ。


じゃOKです。
次、3つ目の条件が・・・


値動きやな。
チャートを開くで。
・・・おお、さすがちゃんと波打っとるわ。


はい、じゃあどんどん行きましょう。
最後4つ目の条件です。


4つ目の条件は売買代金の規模やな。
詳細ページを見ると・・・70億くらいやな。
30億以上が条件やったし、まあええやろ。
ちゅうことで4つの条件全部コンプリートやな。


はい、ミッション完了です。
ブリヂストンは十分投資対象になりますね。



おう、おれは今後ブリヂストン一筋や。
やっぱ一点集中が最短最速で成功する秘訣やろ?
もうゲーム関連の企業なんかには見向きもしたらへんで。


良い心構えです。
いろんな銘柄に目移りしているうちは絶対に資金は増えませんから。


せやろせやろ、それはビジネスの世界でも一緒やわ。
やっぱ色んな稼ぎ方がある中であれもやってみて、これもやってみて、みたいな感じやと全く結果が出ーへんからな。


その通りです。
あと、リスクヘッジだとか言って、いろんな銘柄に分散して投資する投資家がいますがあれもNGですね。


あれ、アカンのか!?

はい、全然リスクヘッジできてませんからね。

例えばAという銘柄とBという銘柄があった時に、"Aの株価が上がると、Bの株価が下がる"とか、逆に"Aの株価が下がると、Bの株価が上がる"みたいな相関関係が100%成り立つなら、リスクヘッジとしてAとB両方の銘柄を買うという選択肢もアリですが・・・

そんな相関関係がある銘柄は存在しません。
もちろんなんとなく逆の動きをする銘柄はあるかもしれませんが、絶対ではありません。


そうか・・・、ポートフォリオっちゅうんか?
そういうの組んで、分散投資してます、とか聞くと、なんか賢そうでスマートやなあとか思っててんけどなあ。
それで勝てるわけではないんやな・・・


なんか残念そうですね?


いや、正直ポートフォリオっちゅうのに憧れはあったわな。


土屋さん、土屋さんの目的はあくまで利益を獲得することです。
かっこいいとかそういう価値観は捨てて下さい。


おう・・・分かったわ。
ほんじゃあそろそろ本題へと移ってもらおか。
取引手法について教えてもらえるか?

はい、それじゃ話しましょう。
以前、自分の投資手法に関して、2つの重要項目があるってお伝えしたの覚えてます?


ああ、そんなこと言ってたなあ。
なんやっけ?


全然覚えてないじゃないですか(笑)
いいですか、

1つ、"下山の手法は極めてシンプルである。"

1つ、"いつ買っても、いつ売っても勝てる手法である。"

この2つの項目です。


そうやそうや、思い出したで。
ほんで1つめのシンプルであるっちゅう項目の具体的な例として、1銘柄で取引するということを教えてもらったんやな。


ですね。
で、ここからは2つめの項目、"いつ買っても、いつ売っても勝てる手法である。"
について話していきます。


おう、頼むわ。
"いつ買っても、いつ売っても勝てる手法である。"
なんてはっきり言ってまだ疑っとるしな。


はいはい・・・、
じゃあまず初めに聞きますが、株式投資で最も大切なことって何か分かります?


そんなもん、利益をたらふく稼ぐことに決まっとるやないか!


はい、アカンです。
土屋さん、確実に相場を退場します。


しもちゃん、もうちょっと優しい言い方せえや。
おれも繊細やから傷つくやろ。
ほんで変な関西弁使うん禁止な。


まさか土屋さんの口から繊細という言葉が出てくるとは・・・


ほんでなんやねん、株式投資で最も大切なことって?


土屋さんが言ったことと真逆のことです。
つまり、損をしないことです。


いや、おれの言ったことと結局同じやろ。
損しなけりゃ勝てるっちゅう理論やろ?


視点が全く違います。
土屋さんの場合、稼ぎたい欲求が強すぎるんですよ。

"勝ちたい!"じゃなくて、"負けたくない!"に切り替えてください。
勝ちたい欲求は今すぐ抑制してください。

ちなみに世界的な投資家の、ジョージ・ソロス氏はこんなこと言ってます。

"まず生き残れ。儲けるのはそれからだ"ってね。


ジョージ・ソロス・・・まあジョージが言うなら間違いなさそうやな・・・


友達か(笑)
あとついでに言うと、ウォーレン・バフェット氏もこんなこと言ってます。

"ルール その1:絶対に損をするな。

ルール その2:絶対にルール1を忘れるな。"


なるほどなあ。
世界の名だたる投資家たちはみんな損を出さないことを一番に考えとるっちゅうことやな。
肝に銘じとくわ。


ソロス氏とかバフェット氏とかの言うことなら素直に聞くんですね。


そりゃそうやないかい!
世界的に有名な人らやから間違いないやろ。


でも言っときますけど、自分はバフェット氏よりも高い年利を叩き出してますからね。
もちろん資産額で言うと圧倒的な差がありますが、年利に関して言うとバフェット氏がだいたい20%前後で自分はその何倍もの年利を叩き出しています。


ほんまかいな?
それやったらしもちゃん、世界トップクラスっちゅうことか?


そうですよ、元手の資金160万から1130万円の利益出してますからね。
年利で言うと、706%とか、そんな感じです。


えっ、めっちゃすごいやん!!
ちょっと今改めて見直したで!!!


遅い・・・まあ良いですけど。
とにかく、損をしないということをまず頭に叩き込んで下さい。


オッケ、叩き込んどくわ。
ほんで?


ほんで、損をしないために何が必要かということなんですが、何が必要か分かります?


ん〜、リスクヘッジちゃうか?


お、そうです!
リスクヘッジが必要なんです。
で、リスクヘッジをするために何をするかという話なんですが、何か具体的に思いつきます?


分散投資はあかんのやろ〜?
ん〜、ロスカットもせーへんって言っとったしなあ。
ん〜。


答えを言いましょう。
正解は"資金管理"です。


おおなるほど、資金管理な!
・・・とはならへんわ。
資金管理って何なん?


文字通り資金を管理することです。
ただ、資金を管理するって言われてもどう管理するのかが問題ですよね。

ちなみに一般的に言われる資金管理というのは、"投資に使うのは資金の30%までにしましょう"とか、そういうルールを守ることを言います。


なるほどな、残りの70%は使わんと残しとかなあかんっちゅうことやな?


そうです。
これならできそうですか?


いや、余裕やろ。
何も難しいことあらへん。
単純に70%置いとくだけやろ?


本当ですか?
実際に株式取引してみたら分かると思いますが、多分土屋さん無理ですよ。


失礼やなあ!!
そんなことあらへんやろ。
むしろそれできん奴おるん?


それができないんですって。
例えば土屋さんが何か物を売る仕事をしていたとしていたとして・・・
そうだなあ、土屋さんが1億円の資金を持ってて、そのうちの3,000万円を使ってアパレル商品を仕入れたとしましょう。
で、ネットショップ作って売ってみたところ1,000万円分しか売れずに赤字に終わったとします。

そしたらどうします?


そんなんめっちゃ悔しいから、また何か別のものを仕入れて取り返そうと頑張るんちゃうか?


あっ、今悔しいって言いました?
言いましたよね?


・・・いやいや、そんなこと言うてへんで。


(笑)
あれ、もしかして自分がこれから何を言いたいか、気付きました?
まあいいんですけど、普通に考えて、誰だって損したら悔しいですよね。
そして悔しいから残りの資金使って何とか取り返そうとすると思うんです。

でも、株式投資ではこの思考が破滅へと向かう最大の原因なんです。


・・・。


つまり、資金を失った時に、"悔しい!"と思って残りの資金を使って取り返そうとするのがNGだということです。
"資金の30%しか使わない"というルールがあるにもかかわらず、残りの資金を使ってしまうなんて言語道断です。

でも・・・実際の相場では、なんとか資金を取り返そうとして、破滅に向かう典型的なダメトレーダーが大量にいます。


・・・。


基本的に、稼ぎたいという欲求から株式投資を始めている限り、資金の30%以内っていうルールを決めていても、なかなか守れないんですよね。

損を出すたびに、もうちょっと資金使ってもいいや、とか思って、そんなことしているうちに結局資金が底を尽きるという・・・
そんなトレーダーの話は腐るほど転がっていますよ。


なるほど。
まあ言われてみたらそんな気もしてきたわ。
おれも場合によっては30%ルール破るかもしらん。


ほぼ100%破ると思いますよ。


分かった、それは分かったけど、じゃあどうしたらええねん!


だから、土屋さんには全く別の資金管理法を実践してもらいます。
これは自分も実践している資金管理法ですが、ルールを破らないためにはどうしたら良いのか、ということを徹底的に考えて編み出された資金管理法です。


おい、なんかめっちゃ良さそうやん!
早よ教えてくれ。


土屋さん、もしかしてせっかちですか?
ていうか絶対せっかちですよね。
何でもすぐ聞きたがる。


ビジネスではスピードが命やからな。
せっかちという言い方はやめてくれ。
なんでもスピーディにこなしたいだけや。


なるほど、でも投資の世界では、その癖ちょっと気をつけたほうが良いですね。
どっしり構えていないと足元すくわれますよ。


分かった分かった、ええから早よ教えてくれや。


だから、そういうところですって(笑)


土屋はあくまでスピードを求めていた。
最短最速で爆発的に稼ぐ、それが土屋のモットーだった。
しかし下山は、この点を少々危惧していた。

株式投資の取引中は、待たなければいけない場面が多々ある。
特に下山の手法に関しては、1つのポジションを最大半年程度、保有し続けることもある。

「待つことに土屋が耐えることができるのだろうか?」

そんな不安が、頭の片隅をよぎる。
それでもとりあえず今は話を続けることにした。



それではお話しましょう。
自分が提案する資金管理法は、"資金5分割法"です。


資金5分割法・・・
そのまんまの意味か?


はい、そうです。
文字通り、資金を5分割します。
もし土屋さんが100万円の資金をもっているのであれば100万円を全部使って1回でブリヂストンの株を買ってはいけないということです。
100万円を20万円ずつに分けてエントリーするということです。


なるほど。
それが資金管理になるんか?


そうですね。
最初に5分割さえできていれば、自動的にリスクヘッジになります。


そうか、じゃあ詳しく教えてくれや。


ついに下山の取引手法が明かされ始めた。

しかし、この時まだ土屋は気づいていなかった。
これから語られる手法の神髄が、土屋と土屋の社長仲間の運命を大きく変えることになるということに・・・

株式投資は、時に人を破滅させ、時に人を極楽へと誘う。
1歩間違えれば、取り返しのつかない損失を生み出す巧妙な罠が、所狭しと仕掛けられている。
その罠の全てが、一斉に人間の本能を狡猾に刺激する。

そして結果的に個人投資家は、ルールを破り続けることになる。
欲望や誘惑に負けてルールを守ることができなくなり、そして相場から容赦なく削除される。

下山はそのことを誰よりも深く理解していた。

なぜなら、株式投資を始めた当初は下山もルールを破り続けた人間のうちの1人だったからだ。
だからこそ下山は、頑張ってルールを守ろうとするのではなく、ルールを破らなくなる完全なる仕組の構築を目指した。

結果、一分の隙もない手法、"波乗り投資手法"が完成した。

そして"波乗り投資手法"の根幹を担う、『資金を5分割にする』というルールが、今まさにベールを脱ごうとしていた。