利益に飢えた敗者に捧ぐ、異次元の資金管理術と取引手法
INTRODUCTION
「完全に納得できる理由を用意されないと、信じない」
と心に決めた土屋に、落ち着き払った下山が手法の肝である
『資金管理』について静かに語り始める。
ついに、待ち望んでいた
"下山の資金管理術"が解禁されようとしていた。
土屋の脳内からはアドレナリンが溢れ出し、鼓動は激しいリズムを刻み続けていた。
期待に満ち溢れていた。
たった1人、下山という男との出会いで人生が劇的に変化し始める、その瞬間の訪れを予感していた。
そして同じ部屋には、密かに鼓動を激しく打ち鳴らしているもう1人の男がいた。
この部屋の守り主であるボディガード、日高だった。
彼は今回、6人のボディガードを束ねるリーダーを務めていた。
勤務中のため、口を一文字に閉じて、気を張っている雰囲気を醸し出していたが、実は、土屋以上に心を躍らせていた。
肉体労働に少々限界を感じていた彼は
"投資で稼ぐ"と密かに心に決め、下山の言葉を一言も聞き逃すまいと、本職を忘れる勢いで誰よりも集中していた。
その時、一瞬下山は違和感を覚えた。
何かがおかしい。
何がおかしいのかは分からなかった。
言葉に言い表すことのできない何か得体の知れない初めての感覚だった。
強いて言葉で言い表すとしたら・・・
"誰かに見られている"という気持ちの悪い感覚だった。
下山はこのことを土屋に言おうか迷ったが、どうせケタケタと笑われながら「絶対疲れてるだけやって(笑)」とバカにされて終わるだけだと思い、心に秘めた。
いずれにしても下山はいい加減、体力の限界だった。
下山が有無を言わさない強い口調で言い放つ。
時計は深夜の1時を回っていた。
さすがの土屋も素直に従うことにした。
土屋と戦う元気も無く、下山は諦めた。
そして新宿の雑居ビルの部屋を後にした。
雑居ビルを出ると、ボディーガードが黒塗りの送迎車を用意して待っていた。
土屋も見送りのため外に出てきた。
満面の笑みを浮かべる土屋が質問をする。
下山は静かに頷き送迎車に乗り込んだ。
実は翌日下山は、
"含み損を利益に変える、まさに魔法のような秘技"を披露するつもりでいた。
しかし、そんなことをあらかじめ伝えてしまうと、せっかちな土屋はすぐにそれを知りたがり、もう一生家路にはつけないと予感し、黙って頷いて帰ることにした。
黒塗りの送迎車に乗り込むと、車内はガランとしていた。
今まで6人いたボディガードがなぜか今日は1人の運転手だけだった。
その理由が少し気になったが、筋肉隆々のごつい男が6人もいる車に乗ることが苦痛で仕方なかった下山にとっては好都合だった。
程なくして送迎車は出発した。
車内は、下山とドライバーのボディガード2人きりだった。
静寂に包まれた車が新宿3丁目の交差点に差し掛かった時、珍しくボディガードの男が口を開いた。
下山にとって、日高との会話は意外と心地良かった。
日高が時々ぶっこむ無礼さが、良い具合に機能し、車内には和やかな空気が流れていた。
日高は間違いなく下山に何かを伝えようとして言葉を飲み込んだ。
敏感な下山はそのことに気づいた。
そして僅かな違和感を覚えた。
でも、無駄なストレスを抱えたくなかった下山は、気づかないふりをして深くは追求しなかった。
送迎車は、下山が住む超高級マンションの入り口に静かに滑り込む。
駐車場に車を停め、日高が下山を部屋まで見送る。
それほど深い会話をしたわけでもないのに2人の間には、いつの間にか信頼関係が生まれつつあった。
一方土屋は、その夜も興奮冷めやらぬ様子でベッドの中で、思考を巡らしていた。
資金を5分割して、一方方向に全ポジションを持たない、本当にそれだけで利益を獲得することが可能なのか?
例えば、"買い"ポジションを4つ、"売り"ポジションを1つ、
そんな状態で株価が暴落したらどうなるのだろうか?それでも、しもちゃんは利益を獲得し続けられるのだろうか?
そんな疑問が土屋の脳を揺さぶり続けていた。
波乗り投資手法の本質はまだ見えていなかった。
土屋の疑問はもっともだった。
"買い"ポジションを4つ、"売り"ポジションを1つ、そんな状態で株価が暴落したら・・・もちろん多大な含み損が生まれる。
そして最悪の場合、資金が足りなくなり強制決済に持ち込まれる可能性もある。
しかし、それに対して下山が対策を講じていないわけがなかった。
地道に積み重ねてきた利益を、たった1回の暴騰暴落で吹き飛ばすトレーダーがどれだけいるか、イヤと言うほど深く認識している下山は、実は、
"含み損を利益に変える、魔法のような秘技"を編み出していた。
金輪際、含み損を恐れることが無くなる、その驚愕の秘技が、
悩める土屋に明かされようとしていた。