廊下に響き渡る爆発音に驚いた下山は、気づけば廊下まで一直線に走っていた。
下山が怒鳴るような声を上げた。
しかし、土屋からの返答は一切無かった。
煙で視界が遮られ、同じ階の住人が続々と部屋から飛び出し、廊下は一瞬にしてカオスと化した。
そんな中、下山は必死に土屋の姿を確認しようとしたが、土屋らしき姿は一切見当たらない。
「誘拐」下山の頭にそんな言葉が浮かんだ。
すでに土屋がここにいない可能性もあった。
ただそれでも、
「土屋がいるとすればドアからは、それほど離れていないはずだ。」そんな希望を抱き、下山は白い煙が立ち込める廊下を探り進んだ。
すると一瞬、廊下の床に光るものが見えた。
下山はそれが何か、一瞬で理解した。
土屋ご自慢の高級腕時計だった。
その時計の位置から土屋が倒れこんでいることは間違いなかった。
「土屋さん!!!」下山は精一杯の大声で呼びかけたが、やはり返答は無かった。
土屋の首に指を押し当てると、脈はあった。
少なくとも生きていることは確かだった。
そして下山はその後も諦めることなく何度も呼びかけ続けた。
「土屋さん!!土屋さん!!!」しかし、何度呼びかけても一切反応は無かった。
「救急車を」と思い、下山がその場を離れようとした瞬間、
「しもちゃ・・・」土屋のつぶやく声が聞こえた。
「土屋さん!?」見ると、目を閉じた土屋の口がかすかに動いていた。
しかし土屋の口は力なく、また閉じられた。
「おい!!!土屋さん!!!」なぜかは分からなかったが、下山は直感的に危機感を覚えた。
土屋が生死の狭間を彷徨っているような気がしてならなかった。
そして土屋の名前を大声で叫び続けた。
下山にとって土屋は、
『やかましい兄貴』のような存在だった。
色々と手法について文句を言われ続け、ゴリ押しの要求を押し付けられ、面倒な気持ちになることもたくさんあった。
でもそれでも土屋と一緒に時間を共有したいと思えるのは、やはり土屋が根っこに愛情を持った魅力的な人間だったからだ。
そんな土屋の危機的状況を目の当たりにして大声を出さずにいられなかった。
下山が声を絞り叫び続けていると、周りの部屋の住人が続々と集まり始めた。
そして一緒になって土屋の名前を呼び始めた。
六本木ヒルズ内の住民同士のつながりは太く、土屋が普段親しくしている人間も少なからずいた。
中には涙ぐむ人間すらいた。
それでも土屋は起きなかった。
そして誰かが言った。
「早く救急車を呼べ!!!」と。
するとその瞬間・・・、
「・・・やかましいで。」土屋が急に言葉を発した。
「土屋さん!!!?」「・・・いや、あれやねん。
しもちゃんをちょっと驚かしたろうと思って、ほんで目つぶってたら、人が集まりすぎて・・・目を開けづらくなってもうて・・・」「えっ、てことはもしかして・・・、ずっと意識があったってことですか!?」「せや。」土屋があっけらかんと答えた。
「なんだよ!!心配して損した。」周囲からも失笑が漏れた。
「まあまあ。
ていうかこういう場合って、"とにかく土屋さんが無事で良かった"とかそういう言葉があって然るべきなんちゃうんか!?」「いや、土屋さんとか死んだら良かったんですよ!」「おいおい、それはあかんやろ(笑)」あたり一面を覆っていた白い煙もいつの間にか消えていた。
隣人も半ば呆れ顔で帰って行き、廊下には2人を除いて誰もいなくなった。
下山と土屋はいったん部屋に戻ろうとした。
その時、下山は床に封筒みたいなものが落ちていることに気づいた。
白い封筒だった。
土屋はそれを拾い、中を覗いた。
土屋はこわばった表情で、封筒の中に入っていた数枚の写真を渡した。
そこには下山と土屋が写っていた。
ちょうど土屋の車に2人が乗り込む瞬間にシャッターが切られていた。
【4月28日:株価3724円・決済】【◯】3990円
【◯】3900円
【◯】3625円 ←4月28日決済(利益99,000円)
【×】3612円 ←4月22日に保有
【×】3507円結局いつも土屋がペースを作っていた。
そしていつも下山は嫌々ながらそれに従っていた。
【4月30日:株価3660円・買い注文】【◯】3990円
【◯】3900円
【◯】3660円 ←4月30日に保有
【×】3612円 ←4月22日に保有
【×】3507円その晩、結局下山は土屋の部屋に泊まることになった。そして2人は深夜まで語り明かした。
下山は渋々電話をかけ始めた。
下山は電話を切った。
翌朝・・・
早朝、土屋の携帯に着信があり、2人はその音に起こされた。
寝ぼけ眼で土屋は応答した。
そう言って電話は切れた。
そうこうしているうちに3人のボディガードが到着した。
土屋は下山に事実を伝えた。
そして下山はボディーガードの車に乗りこみ、自宅へと向かった。
しかし土屋と下山が別れた数分後・・・
再び土屋のスマートフォンが鳴った。
スマホの画面には
"公衆電話"と表示されていた。
少し不審に思いながら土屋は画面をタップして応答した。
土屋は言葉を失った。
もう誰を信じて良いのか分からなくなっていた。
その言葉を聞いて、土屋は青ざめた。
知らず知らずのうちに狂い始めた歯車に、翻弄される2人。
そして今、下山に危機が迫ろうとしていた。
"お金という魔物に支配され人生を狂わされ、極限状態に追い詰められた人々"と、"お金という魔物を制圧した下山"、両者の運命が激しく交差し始める。
そしてついに、
下山が人生をかけて1つの決断を下す。全てはお金に人生を翻弄された人々のために。