ロスカット狂信者たちの末路
INTRODUCTION
1日5分も時間をかけずに、しかもガラケーで取引。
さらに取引するのはたったの1銘柄。
「そんなんありえへん・・・でも、もしそれがほんまやったら・・・」
土屋の心は揺れていた。
下山の証券会社の口座を実際に見ておきながら、それでもなお、下山の口から発せられるあまりにも非常識な取引方法に翻弄され、下山をいまだ完全には信頼できずにいた。
ただその一方で、下山の手法に一筋の光を見出し始めていたのも事実だった。
とはいえ、土屋にもプライドがある。
そんな非常識な話を信じ込んで、万が一騙されていたとなれば、これから下山を紹介したいと思っている仲間に合わせる顔が無い。
そして「ロスカットなんて無駄だ」と豪語する下山に
土屋は噛み付いていた。
土屋と下山の初日のミーティングは、ここで終了した。
下山は、やっと解放されたこと安堵と、
また翌日も駆り出されることへのストレスの両方を抱えながら
ボディガードの送迎により帰宅した。
その夜・・・
土屋は眠りにつく前、目をつぶりながらその日の下山の発言を思い出していた。
そして寝言のように1人ブツブツとつぶやいていた。
「なんで下山はんロスカットせーへんねん。
それでいてなんで利益が出んねん・・・
あの男の目は、嘘をつく人間の目ではなかった。
1日の取引に5分も時間をかけないことも、ロスカットしないことも、稼いでいることも全部ほんまっぽい。
にしては解せない点があまりにも多いが・・・
あんな男は初めてや。
こんなに先が読めへん手法も初めてやで。」土屋の脳は思考をやめない。
そして、土屋の思考はある1つの結論を出した。
それは、
「手法がホンマもんやとしてもあれを使いこなせるんは下山はんだけなんちゃうか?」という結論だった。
そしてそう言い聞かせ、無理矢理にでも眠りにつこうとしたが、脳が興奮状態にありどうしても眠れなかった。
もともとは「お金に困る友人社長たちを助けるために」ということで、下山にコンタクトをとったのが始まりだった。
しかし、話を聞いているうちに土屋自身が下山の投資手法にのめりこんでいた。
それは、土屋が下山の話を聞き
「株の技術さえ身につければ、一生稼ぎ続けられる」
ということに気付いたからだった。
だからこそ
「もっと詳しく教えてくれや!」そんな気持ちで頭がいっぱいだった。
そして翌朝・・・
結局、土屋は一睡もできずに朝を迎えた。
一晩中脳がフル活動していた。
ただそれでも下山の手法は、ぶ厚いベールに覆われたままだった。
むしろ疑問が疑問を呼び、ますます理解が難しくなってしまっていた。
「手法の真相が今日わかる。」そう思うと、土屋は今日の下山との会合が楽しみで仕方なかった。
「今日もしかしたら人生が一変する日かもしれん。
こんな興奮覚えるんは何年ぶりやろか。」土屋は人生の巡り合わせに感謝した。
ボディーガード6名は下山の超高級タワーマンションに15時ちょうどに到着した。
案の定ゲームをしていた下山に対してボディーガードは
「任務ですので、どうか。」と心からのお願いをした。
そして嫌がる下山を半ば強制的に専用車に乗せ、なんとか無事に前日と同じ新宿の雑居ビルに到着した。
ゲームを中断させられた下山は、やはりこの日も機嫌が悪かった。
雑居ビルの、古くて重い扉をボディーガードが開ける。
ギイイという鈍い音とともに少し錆びた扉が開く。
そこにはすでにパソコンに向かう土屋の姿があった。
下山はゲームを中断させられた腹いせに、元気が溢れ出すキラキラした土屋に対して、少し皮肉めいた言い方をした。
土屋は一睡もしていなかった。
だからいつも通り元気であるはずがなかった。
しかし、土屋の表情からは、徹夜明けの疲れなど微塵も感じられなかった。
むしろ脳内から大量のアドレナリンが放出され、土屋の目は普段より一層キラキラと輝いていた。
「もしかしたらとてつもないことを下山から聞けるのではないか」そんな期待感に満ちあふれていた。
しかしそれが、下山にとっては少々眩しすぎた。
その日も相変わらず土屋が完全にペースを作っていた。
そして弁が立つ土屋はあっという間に下山との距離を縮めていた。
ここはやはり、数々のビジネスを経験して、数多くの人間と仕事をしてきた土屋の得意分野だった。
どうやら下山の手法に関して、ありとあらゆることを聞き出すまでにそれほど時間はかからなそうだ。
下山はしぶしぶ土屋についていく。
もちろんボディーガードも一緒だった。
屋上は意外と見渡しが良く、いつの間にか日が暮れていた新宿の街には、
ネオンが美しく光り輝いていた。
そして夜空の星は都会の光によって全てかき消されていた。
車が走る音に混じり、遠くで救急車のサイレンが慌ただしく鳴り響く。
相変わらず新宿の街は光り輝いていた。
この街がいつか一瞬にして暗闇に変化することに、危機感を覚えている人間はどれだけいるのだろうか。
その日が訪れた時に行動を起こしたとしても既に遅い。
誰も助けてくれない。
いや、有事の際に他人を助けられるほどの余裕が持てる人間はほとんどいない。
以前、下山はTwitterで誰かがこんなことをつぶやいているのを見た。
「体調が悪くなって座り込んでいる老婦人を病院まで連れて行ってあげた。
自分以外誰も声をかけない。
病院の前に自転車を停めて進路を塞いでしまう少年もいる。
世の中こんなものか。」というつぶやきを。
余裕があっても知らん顔して助けない人間がたくさんいる。
残念ながらそれが現実だった。
下山自身も以前、荷物が重くて困っているおばあちゃんを助けられずに、罪悪感に苛まれたことがあった。
その時の出来事を今でも後悔している。
だからそれ以来
「後悔するくらいなら自分ができることを精一杯しよう」と心に誓った。
そして今、信頼してくれる人間に対しては惜しみなく稼ぎ方を教えている。
2人は部屋へ戻った。
土屋の気持ちは高ぶっていた。
ついに下山の投資手法がベールを脱ぐ。
下山の口から具体的に銘柄の選び方が語られようとしていた。
土屋は、まだ聞いてもいない下山の投資手法に、すでにのめり込んでいた。
仲間の社長のために下山にコンタクトをとったつもりが、土屋自身が大いなる関心を抱いていた。
世の中は今、大きな転換期を迎えようとしていた。
今まで当たり前だと思われていたものが崩壊に向かっている。
常識が非常識に、非常識が常識に変わろうとしていた。
時代の変化に耐えられないものが脱落していく残酷な世の中。
しかし、相場の世界は企業が存在し続ける限り相変わらず存在し続ける。
そして一度投資スキルを身につければ、世界中どこにいても稼ぐことができる。
下山との会話の中でそのことに気づいた土屋は、その圧倒的な魅力をひしひしと感じていた。
"目の前のチャンスを、何があっても掴み切ってやろう"そう思い、下山の次の発言を真剣な眼差しで待った。